
休日出勤の帰り道、久々に夜の町を散走。
雪まつりの終わった大通公園はあっという間にほぼ平坦に。
この日は2号&3号がいつもどおり東京に行く予定だったのだけど、今期2回目の「悪天候による飛行機欠航」に見舞われ、げんなりして(たのは2号だけか)帰ってきた。
しかしこちらも夕方から仕事だったので、慰める暇もなく職場へ。
ま、翌日には無事に出立できたのでよかったよかった。
それにしても、この日の天気、札幌はそんなに酷いとは思わなかった。
夜には風も収まり、まぁ寒いっちゃあ寒いけど、ちゃんとダウンを着込んで暖かい防寒具を身に着ければ冬の夜道もまた楽し。
そう、ダウンジャケット最強ですよ。
冬の北海道にはダウン必須。
あと北海道のコートにはフード必須。飾りじゃないんですよフードは。
巷で売っている冬用ビジネスコートなんて、外を歩かない人用ですわ。
帰り道、すすきのの外れを通っていると、多分観光で来たと見受けられる酔客が我がFATに目を丸くして
「うわーあれ見てみぃ、冬用なんかなあれ!」なんてわめいてた。
雪道FATのシーズンはあと一ヶ月くらいか。
それまで何人の観光客に「北海道の自転車は冬道走るためにタイヤがすげー太い」って誤った豆知識を植えつけられるだろう。
そして、そんな噂が本州でちょっとずつ広まり、北海道の自転車は総じてタイヤが太いっていう誤解が広まってくれたら、ちょっと面白い。
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とある事情により、急遽外出中の2号、3号と合流することになった平日の夜。
そのまま雪まつり会場、大通6丁目の「食の広場」へ。
福よしのもつそば。Saijoの塩ラーメン。そしてカフェラテかと思いきや、国稀の酒粕で作った甘酒。
マイナス10℃近い寒さの中ってのを差し引いても、どれも美味しかった。

あんまり興味もなく、進んで観に行こうなんて思ってなかったけど、行ってみると意外と楽しかった。
なぜか、大雪像を間近で観たときに、自分が生まれ故郷にいま帰ってきているんだって実感が突然湧いてきた。
不思議なもんだな。
帰ってきてから懐かしい景色にはあちこちでお目にかかってるのに、特に観たいなんて思ってもなかった雪像が何かしらの心の鍵になっていたなんて。
いやまぁ、鍵を開けても、別に目新しいものは何も入ってなかったんですけどね。
でもまぁ、帰ってきたんですね。
いつまでここにいるのかは、よくわからないんですけど。
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大好きな作家、石田ゆうすけさん。
世界一周から東京一周まで、スケールレスな自転車旅をやり遂げる行動力。
そこで出会う人やモノに向けるまなざし。
美食とはまた違った、鋭い味覚。
これらを商業文章として堂々とカネ取れるレベルに磨き上げる文章力。
客観的な評価は良く存じ上げないが、私の主観的にはアクションとマインドと表現、3拍子揃ってる作家だと思う。
その石田さんが今回書いたブログ。
http://yusukeishida.jugem.jp/?eid=1797
だめだ。
この記事だけはまったくだめだと思う。
2015年早々に起こったISISによる人質事件における、首相のスピーチ。
首相が中東各国をまわった時、
「イスラム国と闘う周辺各国に2億ドルの支援を・・・」
という発言が不用意だったのでは?という国会での追及に対する
「テロリストの思いをいちいち忖度して、気を配ることがあってはならない」
という答弁に、石田さんは噛み付いているのだけど。
ブログ前半をなぞってみると、まず「思い」ではなく「出方」という言葉を使うべきだと述べて、次に「相手の出方は読まなくちゃだめだろ」と続け、「相手の出方を読み利用されないようにうまくやるんだろ」と。
で、やっぱり相手に利用されやすい言葉は使うべきじゃないだろ、と締める。
これさ、「首相のもとのスピーチは、相手の出方を読んでいなかった」という「石田さんの考え」の根拠として、首相自身の「テロリストの思いをいちいち~」という答弁を引っ張ってきて、本人だって相手の出方なんて気にしてなかったんだよこれ、といっている。
でもさ、首相は「思い」とは言ってるけど「出方」とは言ってない。
だから、「首相の答弁」からは「首相がテロリストの出方を読んでいなかった」かどうかは判らないんだよ。
はっきり言うけどさ、これは詭弁。
相手の発言を捻じ曲げて自分の説の根拠にしてるんだから。
首相のスピーチの是非、今回の政府対応、そういった諸々についての石田さんの考え自体にはここでは敢えて触れない。
人がどんな意見を持とうが自由だし、個人的にも首相のスピーチ自体はやはり軽率だったのかもって思う部分もある。
でも実際には首相が中東訪問する前から二人は捕まってたわけだし、じゃあ今回テロリスト側に揚げ足を取られないようにふるまったとして、利用価値の無い二人はどうなったんだろうねって考えると、正直何が正しかったのか、まだ頭の整理ができていない。
だから、この話の本質的なところについては、私は何かを書けるレベルには無い。
たぶんね、自分だって、自分の強い思いを強く表現したいとき、何かを引き合いに出すことはほぼ無意識にやる。
そして、よくよく考えたらその引き合いに出したものがもとの主題とは微妙に繋がってなかったりもすることはある。
だから、人を騙そうなんて思って無くても、結果的に詭弁を弄してしまうことなんて幾らでもある、と思う。
自戒。
自分の感情を乗せた対象が、実は藁人形になっていないか。
よくよく気をつけよう。
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