softtail.log | 自転車でのポタリング日記と自転車話+α

    Nostalgia, 1 to 37



    ブックオフオンラインとか、アマゾンとか、いろいろと手を尽くし、雑誌「自転車人」を創刊号から最終号の第37号までをやっとコンプリート。
    ちなみにいちばん入手困難だったのが、なぜか第3号。
    別にプレミアが付いているわけでもないのだけど、なかなか手に入らなかった。

    初めてこの雑誌を買ったのは、多分第2号。2005年の夏号。
    タイミング的に、CrossRiderを買ってスポーツサイクルに乗りはじめたころ、色々と情報収集のために買いあさった文献のひとつだったと思う。ゆげ夫婦(いつもは1号2号と表記しますが、今回は雑誌の号数とごっちゃになってしまいそうなので)は二人とも書物依存症なので、とにかく何か新しいことを始める時にはその分野の書物を読みまくる。そして自転車雑誌においては「ファンライド」でも「バイシクルクラブ」でも「サイクルスポーツ」でもなく、もっとスタンスがゆるい「自転車生活」と「自転車日和」、そしてスポーツ寄りではないけれど自転車の楽しみ方を多面的に掘り下げてやろうという意気込みがなんとも骨太に伝わってくる「自転車人」を購読し始めた。

    最初は手さぐりだったし、毎回買ってはいなかった。
    たぶんしばらくは自転車人も飛び飛びで買っていて、定期的に買い始めたのは7号以降だと思う。

    その後、自転車日和も、自転車生活も、だんだん手に取ることは無くなっていった。
    自転車生活に至っては、BycyclePlusへのなりふり構わぬリニューアルが心底腹に据えかねて、そこそこ集めていたバックナンバーもほとんど古紙回収に出してしまった。
    そして自転車人も30号を越えて、だんだんとなんかちがうなーって違和感を感じ始め、毎号は買わなくなっていった。
    思えば、自転車ブームがすごい勢いで吹き荒れている中で雑誌が乱立し、しかしながら「自転車であちこち走る」というテーマだけでは、各誌とも継続的なネタを提供し続けることができなかったんだな。

    それでも、自転車人はまだ頑張ったほうだと思う。
    オサレに自転車を愉しむという姿勢でも(あまり)なく、レースや競技志向でもなく、自転車で自分の人生をいかに豊かにするか、といったテーマで誌面を作っていたんじゃないかな、と。そんな軸足をもちながら、四季折々のツーリングコース紹介や海外の自転車事情、ハンドメイド自転車のビルダーやロングライドのための機材・装備特集とか、本当に面的な広がりのある雑誌(季刊誌だけど)だった。
    それが当時のゆげ夫婦の感覚にとても合致したんだよな。

    そうそう、スポーツサイクルに乗りはじめた頃、正直なところいわゆる「ローディー」と呼ばれるロードバイク乗りの人たち(のごく一部ですよ、今になって思えば)とは、どうしても肌が合わなかった。なんかすごく偏屈で原理主義な人たちだよなー、この人たちのコミュニティにはちょっと入れないなーって思っていて、そんな思いからクロスバイク→小径車というニッチな、今になって思えば素敵な寄り道につながった。そういえば小径車をメインに乗っていたとき、ふつーの人との会話で「趣味は自転車なんです」って話をした後、自分が乗っている小径車がどういうものなのか、そしてそれの何が楽しいのかを説明するのが本当に大変だったなぁ・・・ふつーの人からすると、趣味で乗る自転車なんてドロップハンドルのアレか、マウンテンバイクか、位だし。
    その後、結局はロードバイクにも乗りはじめるわけですが、まぁどれもこれもきっと寄り道で、ゴールも無いまま愉快に色んな自転車の世界を彷徨えれば幸せなんだ。たぶん。

    話を戻すと、そんなこんなで最後の方はちょっと縁遠くなってしまったものの、ゆげ夫婦の自転車ライフに「自転車人」は本当に深く寄り添ってくれていたのでした。

    そんな思いもって、37号で休刊と知ったことをきっかけに同号を新品で入手したのち、歯抜けになっていた号を古本で少しずつ集め始めた。
    そして休刊してから1年ほどかけて、やっと全号を集められた。
    今読み返してみると、読み物としていつまでも読み返したい号や、東日本大震災の頃の記憶がフラッシュバックしてくる号、おもしろい話も、ロシアンルー列島みたいな本当に活字に残す意味が一文字分もないクソ連載(この連載が無ければ惰性で休刊号まで買ってたかも)なんかも色々とあって、そんな話を書き始めるといつまで経ってもこの記事が終わらない。

    とりあえず今回はここまで。


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    Category : 自転車本書評
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    自転車の教科書

    いまさら感もありますが、我々自転車ムラでなかなか話題の「自転車の教科書」という本について思ったこと。

    著者の堂城 賢氏が提唱している「やまめ乗り」という自転車の乗り方について、かなり詳細に説明した本です。
    この本の要旨は、体の後ろの方に荷重が残ってしまうとペダリングの負荷になってしまうから、お辞儀するように体を倒してペダル踏み込む足に体の重みがしっかり乗るようにしようね、って話だとざっくり認識しました(そんな単純な話?)。

    で、なるほどと思ったのが、この本は「なぜそういうからだの使い方・ポジションが良いのか」を「自転車を使わずに体感」できる手段をいろいろ紹介し、さらにその理屈を噛み砕いて説明することで、ほらこういうからだの使い方が合理的なゴールなんだよ、だから自転車乗って同じことができるようにトライしてごらんなさい、ってスタンスを取っていること。
    すなわち、自転車に乗ったときの詳細な解説は、意外と大雑把。
    正解はさっきあなたの体で体感したでしょ、だからそれが再現できるように頑張るのはあなたですよ、って感じかなぁ。

    まぁ正直、書かれている「ゴール」すべてについて納得しているわけではないのだが(ハンドルの持ち方とか)、指導の仕方としてはとても誠実だなぁと思います。
    だいたい、ちょっと何かを変えるだけで劇的に何かが改善されるなんてこと、あるわけが無い。
    特に体を操って行う物事っていうのは、思ったとおりに体をコントロールする為の練習を通して筋肉や神経が「学習」していくことで、初めて上達していくわけだから。
    ちょっとここを持ってごらんとか、こんな風にねじるんだよみたいな「コツを教えてもらう」だけで問題が解決する訳がない。

    なるほど、誠実だな、と。

    その一方、書かれている知見とは関係ないところでちょっと気になったことが二つ。
    ひとつめは、猫背姿勢で「骨盤を立てる」フォームをはじめ、今まで雑誌とかで言われているようなメソッドをやたらと攻撃していること。
    そんなに頑張って敵こさえなくてもいいじゃん、って思う。
    こういうのって、アンチやまめみたいな論陣を生むだけのような気がする。
    もしかしたらその方が盛り上がるのかもしれないけど、なんかなぁって。

    もうひとつ。
    一昨年、「やまめの学校・出張版」を受講したごし氏に師事し、習った内容を教えてもらったことがありました。
    http://softtail.blog103.fc2.com/blog-entry-527.html

    で、今回の本に書かれていることと、当時教えてもらった話が、ちょこちょこ違うんですよね。
    ダンシングの話とか、クリートの位置決めの話とか。
    これはやまめ乗り自体がどんどんアップデートされているってことだろう、万人に向けられる本(=基本的な記述が中心)と対面でのレクチャー(=相手に応じた解を示せる)では言うことも変わってきて然りだと思うので、個人的には別に違和感が無い。

    でも、たぶん、そういうのを好まない人もやっぱりいて、言っていることが一貫してないなんていうアンチも出てくるんだろうなぁなんて思いました。

    まぁ個人的には今のところ、やまめ乗りが非常にしっくり来ているので、アンチとかそういうのはどうでもよいんだけど。
    それにやまめ乗りってものをきっかけにして、自転車と身体のつながりについてずいぶん自分なりに考えるようになった。
    すると、ナンバ歩きとか、古武道の身体操作術とか、ロルフィングとか(この辺はもう少し理解してからいずれ書きます)の世界と不思議なところで筋肉の動きがリンクしたりする。
    そしてそれが自分の身体で感じられる。
    あ、いや、そんな高いレベルの話ではなくて、まぁそんな瞬間が時々訪れる程度なんだが。


    最近繰り返し書いてる気がするけど、別に自転車に速さやコンペティションを求めるつもりは全然無い。
    でも、天寿に向かってこの魂を運んでいくアラフォー(あぁ、41になりました)の肉体はどんどん衰えていく。
    そんな身体をなだめながら、いつかサドルから降りるその日まで、一日でも長く、1キロでも遠く、乗り続けたい。
    そのためにはちょっとだけでも効率的な、無理の無い身体の使い方を上達させていきたいなぁ、と思う。

    早い話が、乗り続ける為に上達したい、ってことか。
    最初からそう書けば良いのに(笑

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    ハンドメイド自転車の黄金時代 華麗なるフランスの旅行自転車たち(1号)

    久々に、なかなかページが進まない極上本に出会いました。
     

    1900年くらいから2000年くらいまでに製作されたフランスのハンドメイド自転車を50台、写真とその自転車にまつわるエッセイが綴られています。

    ダルマ自転車みたいなやつ(オーディナリー)から概ね今の自転車の形(セーフティ型)に自転車が姿を変えた1900年初頭をスタートにして、ブレーキや変速機が発達した(この本における)黎明期の30年。

    ほぼ現在の自転車の基本形が出来上がり、ひたすら洗練されていった次の30年。

    そしてモータリゼーションによって自転車の社会的な地位が落ちていき、大半の工房が姿を消していった中で、さらに趣味性を磨かれていった戦後。

    この本の中で今でも名前を聞く自転車メーカーは(1号の不勉強もありますが)「ルネ・エルス」と「アレックス・サンジェ」くらい。
    パーツメーカーだってかろうじて最後の方でTAが出てくるくらい。マファックなんてまだ前身のメーカーであるセキュリテという社名がかろうじて出てくる程度。
    カンパニョーロなんて、この世界では新興メーカーなんだな(おまけにフランスにとっては敵国だったんだから、そりゃ出てくるわけないか)。
    特に、戦前のハンドメイド自転車なんて変速機までハンドメイドなんてのも珍しくなかったみたいだし。


    もうひとつびっくりしたのが、戦前におけるハンドメイド自転車の技術革新は主にレースではなく、サイクリングを趣味とする人たちのニーズに牽引されていったということ。
    ツールドフランスなんて1903年から開催されてるんだから思いっきりこの本に描かれた時代と併走しているんだけど、レースの世界は長らく変速機が導入されなかったり、選手は同じレギュレーションの自転車を強要されたりしてたので黎明期にはそれほど自転車の技術革新に貢献しなかった、ということらしい。
    ちなみに当時のツールドフランスの話は「ツール100話」という本が面白かった。
    この本では当時、ツールを主催していたアンリ・デグランジュが秋元康ばりの悪趣味プロデューサー振りを発揮して選手に楽をさせないことを徹底した様子がたくさん書かれていて、なかなか興味深い。
    ついでに言うとそのレギュレーションに対しあの手この手の姑息な手を使おうとする選手たちも香ばしい。
    レースに興味ない人にも、この本もお勧めです。


    話が逸れた。
    まぁそんなわけで、レースでしのぎを削る選手やチームより、もっと楽に長距離を走りたいサイクリング志向のアマチュアのニーズが、今と大して変わらない10kg程度の(泥除け付き!)ツーリング車を生み出していったというのは結構びっくり。

    エッセイ部分ばかりじゃなく、写真もすばらしいです。
    特に、黎明期の個性的な、もう少しでダイヤモンドフレームと外装変速にたどり着けるんだけどなぁっていう歴史的ポジションの自転車が何台も紹介されていて、本当に見ていて飽きない。

    個人的には、1930年代~50年代くらいの車両の美しさが際立ったかな。
    いやぁ、全然ランドナー欲しい派でもアンティーク好きでもないのだけど、これはいい、と心底思った。


    ちょっと高いけど、この本は所有する価値あり、と思った。

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    自転車生活 ⇒ Bicycle Plusって(1号)

     なんか文句系の話が続くの嫌なんですけど、とりあえず今年の汚れは今年のうちに、ということで。


     10月に購入した「自転車生活 Vol.35」誌。
    そこそこ隈なく読んでたつもりだったのですが、実は冒頭のページに
    「次号から完全リニューアルして、『Bicycle Plus』に生まれ変わります!」
    なんてでかでかと書いていたことについ数日前に気が付いた。
    どーりで、12月に入っていつまで経ってもVol.36が出ないわけだ。


    ま、そんなことつゆ知らず、とりあえずそのBicycle Plusという雑誌もクロモリロードバイクの特集組んでいたので買ったんですけどね。
    なんか『自転車生活』とカラーが似てるけど、なんかカタログ雑誌的な色合いが強いなぁ、こっちは定期的に読む必要はないかな~なんて思っていたら、この本が『自転車生活』の成れの果てだった、というオチでした。


     いや、どんな事情があるのか存じ上げませんよ。
    メディアとしての新陳代謝とか、どーも売り上げが伸び悩んでるから違う機軸でとか、この程度の売り上げだからもうカタログ的な紙面にしないとペイしないとか、なんか厄介な事情もあるのかもしれません(⇒何の根拠も無いです念のため)。
    でもさぁ、改めて『自転車生活』の最終号を読み返してみると、いくつもある連載系記事には一切「今日でおしまーい」というアナウンスも無ければそれを匂わせるような記述もない。


    日本一周リレーツーリングの企画はどうした。
    レディースバイク作りの顛末はどうした。次回完成じゃなかったのか。カラーホイールが完成!って記事をモノクロページでやったのもかなり前衛的で笑えたけどさ。
    今野氏@ケルビムの筆が冴える、今野3兄弟のフレームビルダー奮闘記はそれからどうなるんだ。
    疋田氏の連載は・・・まぁもとから一話読み切りだし、どの雑誌の連載もあんまり言っていること変わらないし、別にいいや(笑)。


    で、リニューアル後の『Bicycle Plus』。
    今野氏の連載はいきなり「Vol.1」として新しく始まった体裁になっていて、それ以外の連載企画は無かったことに。
    あ、コラム書いている外部執筆陣とか疋田氏とかは変わらず登場してますけど。
    その態度って、読み続けてきた読者をあまりに馬鹿にしてないか?


    ここからとても古臭く、青臭いことを書きます。
    雑誌って、それでいいのか?
    ひとつのパッケージとしてのテーマを持ちつつ、それに関わるいろんなテーマを載せることで面的な広がりを楽しめる。これが雑誌の横糸。
    で、連載ってのがひとつのテーマをある程度の期間をもって掘り下げていくことで、奥行きが出てくる。これが縦糸。
    いやこの際どっちが横糸でどっちが縦糸かはどーでもいい。
    でもさぁ、こういう奥行き感に対する感覚が全然感じられないわけですよ、こういう雑な仕事の中には。


    前回リニューアルして定価が安くなったときは、逆にこういう立体的な紙面を作れるんだ~と、結構興味深く読んでました。
    その前の数号は、もう面白くなくなって買うの止めてたんですけどね。
    あれはまぐれだったのかなぁ・・・


     いやそうじゃないんですよそんなこと判りきってるんですけど、オトナの事情でこうせざるを得なかったんですよ、あなたもうだつの上がらない会社の歯車人なら判りますよね?といわれたら(繰り返しますがこれは事実じゃなくて妄想ですからね念のため)、えぇまぁそういう対応しなくちゃならない局面ってありますよね、それは残念なキャリアだけど物事って万事順風に進んでいくわけじゃないですもんねとも思います。


     でもこれは自戒も込めて書きますけど、そういう仕事の仕方って「コドモのおつかい」ですよ。
    ある意味、誰かの意のままにやってるだけなんだから。
    その行動のどこにオトナが隠れているんだよ(笑)

    それとも、素人にはわからない出版物の編集・刊行技法として、こうやって過去の連載や流れをズバッと切ってしまったほうが(なぜかはわからないけど)数字を出しやすいとかいうテクニックでもあるんだろうか。
    もしそうだとしたら、1号は切り捨てるべき顧客なんだな。
    それなら仕方ない。残念だけど。


    まぁいいや。
    やむなくだろうが何だろうが、自分の意思を僅かでも注ぎ込めなかった仕事を「オトナの事情」とは言わないように、来年は気をつけよう。
    一応心の中で指差し確認。
    ヨシ。

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    晴耕雨読

    今年は早くも入梅。
    5月中の入梅ってのは観測史上2番目の早さだったらしい。

    久しぶりに雨のせいで全く自転車に乗れなかった週末。
    家の用事とかお出かけイベントなんかでもあればよかったのだけど、そういう予定もいれずにのんびりしてたら逆に気分の入れ替えがうまく行かない・・・
    うーん、普段の週末は自転車に依存しすぎなのか。


    ということで晴走雨読、いや雨読ばかりな週末でした。
    以下、読んだ本。


    ■Bicycles as Human Dreams

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    この本、しばらく前にとある縁で入手したのですが、来歴がよく判らないのです。
    シマノが出版している、おそらくは大阪の自転車博物館に所蔵されている歴史的な自転車をフィルムに収めたもの、だと思う。

    ちなみに、自転車という乗り物の歴史やらその時々の時代背景(特に日本の自転車黎明期の話など)なんかについては、「自転車の文化史」という本がすばらしい、と思う。
    非常に地味な本だし、とても古い本なんですが、古本で見つけたら是非手にとってみていただきたい。
    この本は自転車の始まりといわれる「ドライジーネ」からスタートする自転車の歴史が、当時の時代背景とセットで丁寧に書かれている。
    ところが、この本だけの話ではないのだけれども、日本における競技自転車の歴史って、昭和初期くらいから戦後まで完全に空白になっているのです。
    その前なんかだと、上野の池の周りで日本初の自転車レースが行われたとか、松下幸之助が自転車屋に奉公に出ている時に一時期自転車にもかなりのめり込んだとか、色々歴史は残っているのですが・・・
    そして、戦後は競輪を中心に歴史が再スタートを切る。

     

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    しかし、肝心の昭和初期については歴史が失われている。
    自転車が、下火になったのか。盛り上がっていたけど記録が残されなかったのか。

    で、この「歴史の空白」を想像力で埋めてやろうと考えたのが斎藤 純氏の「銀輪の覇者」。
    この本についてはゆげ2号1号も以前色々書いてますが、前述の「自転車の文化史」をオモテ、「銀輪の覇者」をウラとして自転車が眺めてきた時の流れに想いを馳せながら、この写真集を眺めると、なかなか味わい深い。

    しかし、この本がどのような背景で出版されたのか・・・謎だ。


    ■クロモリ ロードバイク
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     最近個人的にあんまり評価していないエイ出版社の自転車ムック。
    だがしかーし、このムックはすばらしい。
    クロモリというスチール材質の話、国内外製のクロモリバイクのレビュー、オーダー体験記、ビルダーの寄稿・・・かなり盛りだくさん。

    特に、ケルビムの今野氏が寄せた文章はとても興味深い。
    カーボンバイクは性能的にすばらしいが、製造という面ではハンドメイド的な要素が少ない(そりゃカーボンなんて「樹脂」だからねぇ)ので、ロードレースが盛んなヨーロッパのメーカーがカーボン中心にシフトしたのはそりゃ当然だけど、今後どうなるんだろうねって話はかなり興味深かった。
    その一方、日本は競輪があったがゆえにスチール製の自転車製造文化が残ってるんだなぁ(競輪用自転車は規格によってスチール製じゃなきゃいけない)。

    うん、やっぱり、クロモリ製のロードバイクがほしい。
    すげー欲しい!
    外国製も色気があってよいけど、なんか個人的には国産フレームに惹かれる・・・


    よし、決めた。
    今抱えているいろんな課題を解決したら、買う。
    買うったら、買う。

    改めてそんな気持ちを固めさせてくれる、そんな週末でした。


    あぁ、なんか薫り高い読書生活をアピールしすぎだな。

    えぇ、白状しますとも。
    自転車関係の本だけじゃいまいち気分は晴れず、結局は積読しておいた「天体戦士サンレッド」の11巻、12巻で大笑いしてすっかり癒されましたですよ、えぇ。


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    Posted by ゆげ1号 on  | 0 comments  0 trackback

    【書評】自転車の安全鉄則

     梅雨の季節はなかなか自転車に乗れないし、なぜかこの季節は仕事も立て込むしで、なかなかしんどい今日この頃。
    早く梅雨明けないかねぇ・・・


     そんななか、ブログの更新も滞り気味なのでたまには本の感想でも。
    つーことで、結構いまさら感もあるのですが、いまや自転車界を代表するおっさん、疋田智氏の『自転車の安全鉄則』について。

    自転車の安全鉄則

    自転車の安全鉄則

    価格:777円(税込、送料別)



     疋田氏はとにかく主張が力強く、筋も通っていて、それでいて文章が巧い。
    そんな氏がしたためた新書。

     この本の大きな主張のひとつは、「とにかく自転車は車道の左側走れ!」ということ。
    確かにこの本読めば、如何に「自転車の車道右側通行」が危険か、明快に論じています。
    このことを知る、そのためだけでもこの本は一読の価値あると思います。

     しかし、この本のテーマはこれだけじゃありません。
    自転車レーンがどうあるべきか、海外の自転車事情(特に自転車先進国であるヨーロッパの事例)、自転車に関わる道路交通法の改正に伴うドタバタの顛末記など、どっちかというと自転車社会論みたいな趣のネタが多い。
    そんなネタを織り交ぜながら、「都市交通手段として自家用自動車に取って代わるべき自転車のあるべき姿」を描き出しています。
    すなわち、自転車が時速20キロ程度ですいすいと走り回れるような都市交通インフラを整備すれば、エコだわ健康には良いわでもうえらい騒ぎ。でもそれを阻害しているのは自動車だったり行政だったりちゃんとした交通教育を受けていない市民だったりするので、それらの課題に一つ一つ、じっくりと粘り強く取り組んでいかなきゃならん、てな話。

     あと個人的に印象に残ったのが「安全」と「安心」の違いについて。
    クルマが怖いが故に自転車で歩道を走るのは「安心」だけど、必ずしも「安全」ではない。
    車道の左端を走るのは、「安心ではない」かもしれないけど、実は「安全」。
    確かに、歩行者よりドライバーの方が遥かに安全に対しては自覚的なわけで、そういう意味では車道を慎重に走るのが一番安全。これは車道走行に慣れれば誰でも実感できると思う。
    #でも逆に、慣れない土地で車道を自転車で走るのは結構「怖い」こともあって、あぁこれが「安心と安全の違い」なんだなぁって思います。


     だから、「自転車の安全鉄則」というタイトルについては、個人的には良い意味でちょっと裏切られました。
    つーか、このタイトル、完全に内容に負けてると思う。
    書名だけ見て敬遠しているムキには、是非一読をお勧めします。

    まぁ氏の雑誌連載などの寄せ集めという側面は否定できない(笑)のだが、何冊もの雑誌にまたがって書かれている内容が1冊にまとまっているのだから、それはそれでまぁよしと思います。



     で、ここから先は素朴な疑問。
    そもそも自転車VS自動車という構図は「戦術的」にどうなんだ?
    ゆげ家も実際にマイカーは売却してしまったので、まぁ自転車活用できれば必ずしも自家用車はいらねぇなぁって思うのですが、「自転車が走りやすい世の中」を目指すときに、自動車からの置き換えを声高に叫ぶのはどうなんだろ、ってのがちょっと疑問。

     だって、日本は暑い。氏が挙げる海外の事例は大抵日本より高緯度のヨーロッパばかり。
    よくわからんのだけど、少なくとも東京より暑い都市は、自転車大国の中でどれだけあるんだろう。
    逆に、そんな「暑いけど自転車天国」な都市があれば、是非その国の事例を知りたい。

    で、こんな暑い日本で、趣味のサイクリングは別として「日常の足」として自転車が担える距離はどれくらいか。
    夏場なら、さらにふつーの人なら、せいぜい5キロくらいが関の山じゃないかと。

    で、自家用車の大半が担う移動距離はどれくらいなのか?
    これがだいたい5キロくらいの移動に多用されているのなら、自転車への置き換えもまぁあり得るかなぁなんて思いますが、なんかこの辺が疑問なんだよなぁ。

     ついでに蛇足ながら、日本の基幹産業が何か?って考えると、わざわざ自動車に喧嘩売っても何の得にもならない気がします。
    氏もどこかで書いていましたが、別に自転車が自動車を駆逐するなんてことは起こりえないし、自動車メーカーだって別に自転車を目の敵にしているわけでもない。わざわざ喧嘩売らなくたって、自転車は健康に良くてエコだ~ってアピールするだけでも十分な気がします。
    で、そんな自転車が「安心」から「安全」に舵を切れるように、社会インフラを整備しましょーって方向で話を進めて行き、そのために自動車と自転車という「車両」同士がどうやって車道を共有できるかって議論したほうが建設的じゃないか、と。

    #個人的にはエコは嫌いだけど。


     ま、ちゃんといろいろと調べないと「反論」にはなりえないので、あくまで「素朴な疑問」止まりなんですが。

    Category : 自転車本書評
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    なるほど旅行記ってのは

     確かに天体戦士サンレッドに登場するヴァンプ将軍が喝破した通り、一皿105円(税込)の回転寿司といえど、100円以下で売っているコンビニetcのおにぎりの満足感と比べると、実はあんまり・・・でおなじみのゆげ1号です。

     
     まぁそんな話はともかく、今回は下記の本について。

    道の先まで行ってやれ! 
    石田ゆうすけ 著
    幻冬舎

     かつて87カ国を自転車で走破した著者が、今度は日本のあちこちへ輪行で旅をしていろんな人や食べ物、景色や町並みと出会う、てな内容です。
    某自転車雑誌の連載がベースになっているようですが、自転車に関わる描写は控えめ。

     この著者を客観的に見れば、大冒険を成し遂げたすごい人なわけです。それは疑いない。
    でもこの本に描かれている、人々や食べ物との触れあいや、その土地で感じたことなんかを読む限り、この著者は「スーパーマンみたいな別世界のすごい人」ではなく、「普通の人の延長線上にいるすごい人」だな、って思います。

     確かに食べ物に対する鋭敏な感覚や、旅先で出会った人たちにするっと溶け込んでいく様、そしてそれらをとても素直に、かつ読んでいて気持ちよいテンポで綴っていく筆の達者さも含めてすばらしくワクワクするのですが、「いやぁこれは俺には無理だぁ」ってなすごさではなく、「こういうことやってみたいな」って思わせるようなワクワク感です。

     なるほど、旅行記ってのは、旅先の様子を楽しむってだけではなく、「作者という人そのもの」を楽しむ側面も大きいのだな。
    だから、この人柄の良さがにじみ出て、かつ自分達の延長にいそうなこの作者自身の「経験や感想そのもの」に、心を動かされるんでしょうね。

     いやぁ、この本、お薦めです。
    さっそく前著というか処女作で、87カ国を自転車で走破した記録「行かずに死ねるか!」も読み始めました。


     


     

     若干ネタバレになりそうなので一度区切ります。


     ところで、この本に記されている旅行先の中で、幾つか印象に残ったもの。
    それはやっぱり具体的な旅先の描写ではなく、こんな感じでした。


    ■北海道について

     作者は以前に訪れた北海道の印象と比べ、ウニの美味さや相変わらずの雄大さ、そして人々のおおらかさを存分に感じながら、一方で道路の整備状況なんかにとても人工的なものを感じて少々げんなりしているようです。
    もちろんその背景に、自然を切り開いて作られていく道路ってものに対して自身がどうしてもバイアスをかけて見てしまう、という自己分析もしっかりされてはいますが。

     
     で、北海道は我々ゆげーずの故郷なのですが、正直なところ、帰省した時に過疎化がすすんだ地域などを通ると、この街はこのまま開拓前の原野に戻っていくのか?なんて思わずにはいられない景色をまざまざと見せつけられます。


     いや、どちらが良い・悪いって話ではなく。
    立場によって景色は全然変わって写るんだな、って思いました。

     
    ■三重県の某島について

     三重県に、かつて遊郭として栄えた島があるそうな(多分ここのことかと)。

     本書でも伊勢方面への旅の一部として、この島に訪れています。そして、この島にまつわるあれやこれやの噂を耳にして期待に胸(だけか?)を膨らませながら島に渡ったときの一部始終が描かれています。

     で、地元の飲み屋のオヤジから色々と話を聞きだす(この本の作者は何処に行ってもするっと地元の飲み屋に滑り込むのです)と、まぁ今もこの街は歓楽街としての機能を持ってはいるものの、昔ほどの盛況さ、そして怪しさは失われていることが判ります。
    もちろん、本当に失われているのか、それともちょっと立ち寄っただけの旅人にはこの街のリアルな部分は姿を見せないのか、それともすげーことがあったんだけど作者が自粛したのか、それは判らないのですが、この本の描写はある意味とてもリアルだなぁって思いました。

     怪しいところに踏み込んだりしても、エキサイティングなことってそうそう起こらないですよね。


     で、この話がなんで印象に残ったか。

     実はちょっと前に読んだ勝谷誠彦の「色街を呑む」という本にもこの街は出てくるのですが、石田氏の描写とは全く違っていて「あまりに強力な色街の結界からはじき出される」様子が結構生々しく描かれています。


     いや、どちらが良い・悪いって話ではなく。
    伝えたいものが違うと、同じ場所に行っても、ここまで描写が異なるものかと。

     でも、ぶっちゃけ「勝谷さん、この島のこと、なんとか怪しく描こうと必死だったんだなぁ」って思ってしまいました(笑)


    一応念のため。
    「色街を呑む」について個人的にはオススメ本じゃありません。
    色街という異空間に漂う特有の雰囲気、「結界」を味わうために、その手の街の中にある飲み屋ばかりを飲み歩くという、なかなかテーマは怪しくて面白いのですが・・・
    なんか作者の脂っこい残念な自意識が丸出しで、読んでいてムネヤケします(笑)
    なるほど、紀行ものは作者そのものを味わう、ってのはここでも当てはまるのか。


    ■讃岐うどんについて

     香川県で何軒もうどんを食べ歩き、美味かったりそうでなかったりしながら、結局「うどんはけっきょく、うどんじゃ!」と切り捨てる作者。

     これって結構勇気のいる発言だよなぁと思いますが、確かにうどんって何軒も食べ歩くようなもんじゃないだろうって思います。
    うまい/まずいって話じゃなくて、うどんって結局炭水化物のカタマリですからね、腹にたまりまくるだろう。
    そういう意味で、石田氏の文章にはリアルさ、というか正直さから来る共感を感じます。


     でね、これを読んでから自転車生活vol.24「讃岐うどんツーリング」を読むと、この記事担当しているライター兼モデルの多聞恵美さんは1泊2日で10件以上のうどん屋さんを自転車で巡っているにもかかわらず、最初から最後までとびきりの笑顔でうどんにくちづけしているわけですよ。
    走っている距離は2日で50キロ強。
    冷静に考えると、というか自分に置き換えて考えると、これくらいの距離走ったくらいでこれだけのうどんを笑顔で食べ続けることが出来るだろうか・・・なんて思ってしまう。


     でも、これもどちらが良い・悪いって話ではなく。
    読み物としてぐっと来たのは石田氏の「道の先まで行ってやれ!」なんですが、「実際に四国へうどんツーリングしたくなる記事はどっちか?」と言われれば、どっちかというと「自転車生活」なわけですよ。
    なるほど、「作家」と「ライター」ってのは、似て非なるものなのだなぁ・・・ってちょっと思いました。
    自己表現を磨く作者と、求められるテーマの具現化に徹するライター?


    なんかもう少しうまい表現ありそうですが、残念、思いつかない。

     



     そのほかにも、読みながら色々と思いが膨らんだ話はこの本の中にいっぱいあるのですが、とりあえずここまで。

     

     

     

    Category : 自転車本書評
    Posted by ゆげ1号 on  | 0 comments  0 trackback

    幻の北海道殖民軌道を訪ねる

     いやぁ読みたいのはやまやまなんですけどね>銀輪の覇者

     というか、まだレース1日目までしか読んでないのですが、すげー引き込まれます。
    確かに面白い!
    ・・・のですが、すまん、ここ2週間は諸々のしがらみで受けざるを得なくなったeco検定の勉強で小説どころじゃないのです。
    許せ、弱者は学ぶ限り敗者にはならないのだ。
    勝者になれる保証もないけどさ。


     さて、そんな話はともかく、今回はちょっと前に読了した「幻の北海道殖民軌道を訪ねる 還暦サラリーマン北の大地でペダルを漕ぐ」という本について。 

    サイズ: 新書  ページ数: 255p
    ISBN: 9784330073095

     いわゆる鉄っちゃん&郵便局制覇マニア(一つでも多くの郵便局で貯金し、通帳にその足跡を残すことを趣味とする人たち)の著者が、どういうわけか北海道にかつて存在した殖民軌道の跡を自転車で巡り、そのわずかに残った痕跡を見つけたり見当たらなかったり、踏み込んだり諦めたりする様子を旅行記の形で記したものです。
    つーか、この本を読むまで殖民軌道(開拓のために引かれた線路で、汽車が走るものではなく馬がトロッコを曳くようなやつ)なんて知らんかった。そんな軌道が昭和47年(ゆげ1号&2号の生まれた年)くらいまでかろうじて残っていたらしいです。


     旅は数回に分けられ、サラリーマンらしく連休などを利用して細切れで進められます。

     そこには派手な冒険も、火を噴くようなアバンチュールも、忘れられない出会いや別れも、心のそこから魅せられる雄大な光景も、一切ありません(笑)
    ただただ、一人のおっさん(失礼)が、自転車で旅をしながらで見聞きしたこと、感じたこと、その時々で編み出したちょっとした工夫なんかが淡々と書かれているだけ。
    その淡々さも、残念ながら渋く枯れてきた大人の男のそれではなく(本当に失礼)、時々職場や身内にいる「とても合理的なことを思いつくアイディアマンなんだけど真似するのはちょっと止めとくわ」的な(誠に失礼)、まぁ愛すべきおっさんの旅行記です。
    あまりに淡々すぎて、何故このおっさんがこんな旅をするのか、どんな自転車に乗っているのか、このたびのゴールはなんなのか、なんていうテーマやディテールは、しばらく読み進めないとわかりません。
    いや、旅の動機は最後まで不明。
    きっと本人にもわかってないんだろう。


     でも、なんだろう。
    ちゃんと物事を計画して、それを実行して、その過程をちゃんと記録に残す。
    冒険家でもなければ探検家でもないのだから、決して無理はしない。
    あんまり自分を飾らない。
    そのときの感想はちゃんと残すけど、冗長な講釈はたれない。
    文面からにじむ、そんなおっさんの姿勢にいつの間にか引き込まれ、ついつい読み込んでしまいました。


     たぶん各種マニアにとっての資料的価値はあんまりないかも、と思います(マニアじゃないんでなんともいえませんが)。
    しょーじき、格調高き名筆かというと、それも疑問。
    自転車のことも本当に必要最小限しか書いてませんし、高価な自転車に乗っているわけでもありません(たぶんこの旅、ブロンプトンで巡ったらもっと楽だったろうに)。
    道中で多用される輪行についても、自転車好きからするともっと色々と書く事あるだろうって思うのですが、そこんところもあっさり。


     でも誠実かつ力のこもった旅行記として、本当に楽しく読めました。
    銀輪の覇者みたいに誰にでも超おすすめ!とにかく読め!って感じではないですけど、個人的には大好きな本です。

     

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    Posted by ゆげ1号 on  | 0 comments  0 trackback
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