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    softtail.log | 自転車でのポタリング日記と自転車話+α

    2019帰省録 おまけ

    早めの夏休みを終えてお盆は仕事に復帰していたのですが、通勤は楽だし会社にも人が少ないからいろいろ巻き込まれることもないしで最高のお盆時期でした。来年も許されるならこの時期に休もう。

    さて帰省した時の話、おまけ。
    帰省すると、息子がとにかくリサイクルショップ巡りをしたがる。
    いままではお目当てはミニカーだったりプラレールだったりしたのだけれども、ここんところは専らこいつ目当てである。

    そう、平成ライダーグッズ。
    それも数年前に放映された「仮面ライダードライブ」が一番のお気に入り。

    ちなみにこれが放送されていた時には彼は烈車戦隊トッキュウジャーに夢中で、仮面ライダーには見向きもしなかった。ドライブに至っては「ライダーなのにバイクじゃないね」の一言とともに全く興味を示さなかった。
    まぁ戦隊シリーズと仮面ライダーの両方にハマってしまうと親としては大変なことになってしまうのでそれはそれでよかったのだけれども、それにしてもそこから数年経って何故に・・・

    変身ベルトに取り付けるアタッチメント(仮面ライダードライブでは「シフトカー」というらしい)、これがまぁ何種類も登場してくるわけで、これをリサイクルショップやフリマを巡ってコツコツと集めているわけです。


    その他の玩具も、流石に5年近く前に放映されたものなのでそこそこ安く手に入れられる。
    とはいえ大きなものは2,000~3,000円以上するものもあるので、彼は小遣いを無駄遣いすることが本当に減った。
    ガチャガチャとかやらなくなったもんな。



    その一方で、誕生日には祖父・祖母あたりにおねだりして最新作(8月で終わったのでもう前作だけど)の変身ベルトも新品でゲットしたものの、なぜかこいつのグッズにはあんまり興味を示さない。
    中古市場に商品が流れてくるのを待っているのか、それとも思ったほど出来が良くなかったのか。

    それにしても、小学校高学年に差し掛かっていきなりライダーか・・・と最初は当惑してしまったけれど、いざ一緒にリサイクルショップとか行くと、仮面ライダーシリーズのファン層って意外と幅広いのな。
    流石に子供向けのライダーベルトはおそらく身長150cmくらいが装着できる限界だろうけど(息子はサイズギリギリだったので外遊びしまくってダイエットし、なんとか装着できるようになったww)、ちゃんと大人向けのライダーベルトとかも売ってるのな。
    ちなみに息子もこれらのおもちゃでライダーごっことか変身ごっこをするわけでもなく、純粋にギミックや造形を楽しんでいるらしい。

    鉄道や車への興味が無くなったわけではなく、相変わらずゴジラも好んではいるものの、子供の興味の幅の広がり方って不思議だわ、ほんとに。
    とりあえず、息子がハマったのが仮面ライダーの中でもバイクに乗らない「ドライブ」でよかった。
    もしこれがバイクに乗っているヒーローだったら、自分の自転車をライダーのバイクにする!とか言い出しかねない。

    ねぇ。それは勘弁。

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    Category : 日々の諸々
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    2019帰省録 後編


    羆でござる。

    登別といえば、クマ牧場。
    ここ数年、一時期観光絡みの仕事をしていたこともあり、帰省した時にも結構意識的に北海道を「観光」していました。
    すでにその任を離れてはいるのだけれど、まぁ仕事抜きでも観光って悪くないな、と。

    そんなわけで、帰省の後半戦は登別への旅行でした。
    往路はホテルが走らせている一人500円(安っ!)の送迎バス「わくわく号」に乗って。
    復路は息子のたっての希望で、登別駅から特急スーパー北斗を利用。

    往復わくわく号使うととんでもなく交通費が安く上がるのですが、まぁそれだと札幌ー登別温泉間を移動するだけになっちゃうし、そういうもんでもないだろう旅行ってのは・・・ということで上記の移動手段を取ったわけですが、計画立ててみて初めて気づいたのが

    「JR登別駅と登別温泉は8キロくらい離れている」

    のな。

    まぁ登別温泉から登別駅までの路線バスも1時間に何本か出ているので問題ないのですが、問題はその、登別温泉ターミナル駅から登別駅に行くバス(実は3系統ある)の時刻表の情報があんまりないのです。
    乗換案内とか使えば出ては来るのだけれど、そもそも事前にこのルートの情報が知りたい人は当然のことながらバスが3系統あるなんて情報は知らないわけで、そんな中でしっかりと計画を立てるのは結構難しい。
    結局、我々は帰りのJRの出発時刻から逆算して乗換案内を使ってバスの出発時刻を押さえることができた。

    あれ、結局なんとかなってるじゃないか。


    まぁ、ここは基本的に車か、団体客向けのバスで来るのがメインルートなのかな。
    確かに往路のわくわく号も半分以上中国人だったし(やっぱり韓国人はほとんど見なかった)、復路の路線バスも温泉街の賑わいに比べたら閑散としていたし。
    あ、でも、欧米系や香港系のFIT(個人旅行客)は何組か乗ってた。そして路線バスの車内アナウンスもしっかり多言語対応していて流石だなぁ、と。





    地獄谷。
    ひたすら熱い。そして暑い。




    息子は硫黄の臭いと暑さに辟易していた。
    ま、私が子供の頃に来た時も似たような印象だったよな。
    そんなもんだ。

    我ら夫婦、実家も近く小学校も同じ市内だったにもかかわらず、どうやら小学校の修学旅行の記憶が食い違うのです。
    私は修学旅行でここに来ているはずなんだけど、妻氏は全く身に覚えがないと。
    じゃあどこに行ったのだろう。



    スーパー北斗で札幌へ。

    あ、全然触れなかったけど泊まった宿、バイキングで供された和食のメニューがとても美味しかった。
    温泉もいろんな泉質の湯があって、広くて良かった。


    しかし、今年の北海道は本当に暑かった。
    そんな中、登別から帰ってきた後は実家の庭でバーベキューやったり、ガトーキングダムというスパ&プール&ホテル(レストラン)施設に遊びに行ったり。









    ガトーキングダムのランチバイキング。
    ほんと、食べてばっかり・・・この他に帰宅前日には回転寿司まで行ってるからね。
    でも自慢じゃないが、いや思いっきり自慢だが、今回の帰省でこんなに飲み食いばかりしていたにもかかわらず、体重は大して増えなかったし、帰ってきて二日で元に戻したのだ。

    ま、それはともかく。
    全力で遊び倒した帰省でした。
    何せ今回、これまでの仕事でたまったマイルで往復してるし、実家に泊まるので宿泊費も(登別以外は)かからないので、帰省予算を現地での遊びに全振りできたわけです。
    これが大きかった。まぁなかなか何度もできないけどなー。


    帰りに千歳空港で買ってきたラーメン。
    この店、札幌で住んでいたあたり、それもかなり近くにあったのだけれど、開店時間が短いのとそんなに有名じゃないというのもあって、存在を知ってからも一度も行く機会がなかった。

    なんとなく、懐かしさを感じて思わず購入。
    思いのほか、美味しかった。

    住んでいるうちに、行っておけばよかった。




    Category : 日々の諸々
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    2019帰省録 前編


    さて今回の帰省も、やはり大通11丁目のドイツ村から。


    普段の飲酒生活においてビールは乾杯の席以外ではあんまり飲まないし、ましてやドイツビールなど全然飲まないのですが、札幌の夏といえばやっぱり大通公園のビアガーデンの一番端で少し喧騒から逃れられるドイツ村でのビールが良いのです。


    フード系は・・・正直そんなに特筆すべきものはないのですが、ムール貝の白ワイン蒸しは毎回美味しい。あとジャーマンポテトにカレー粉かけたやつが美味しかった。あとアイスバインはまぁドイツビール飲んでるのだからそりゃ食べますよね。
    とりあえずメニューはこんな感じです。ドイツ村であるからして、食べ物はソーセージとジャガイモと、あと何にでも付け合わせでついてくるザワークラウトが手を変え品を変え・・・って感じです。

    でもね、やっぱり札幌の気候の下でビール飲むってのが一番美味しい要素なんだと思います。
    この日も札幌人にとっては死ぬほど暑い日だったようですが、それでもカラッとした空気は関東とは全く違う。
    この爽やかな風を体に受けながら飲むとなると、そりゃビールしかないよなって思います。




    石狩浜にやってきた、テオ・ヤンセン氏のストランドビースト(砂浜の生命体)。
    帰省する直前にこのイベントの情報を知って、嫌がる息子を半ば強引に説き伏せ、親子3人で行ってきた(2号はこういうの大好きなのでうまく2対1の多数決に持ち込めた)。
    でもね、行ったら行ったで海水浴なんてもう何年も行ってなかったし、ちゃんと息子の海水パンツも持って行ったのでしっかり息子も海をご満悦。
    ビーストは風が弱くてちょっとしか自走できなかったのですが、いやでも自然に還されたビーストを観ることができたので大満足。
    このイベント、市民団体が企画して実現したんだね。




    風がなかったのでスタッフに曳かれての歩行でしたが、元々砂浜の生命体として作られ、オランダの砂浜で生命を吹き込まれたビーストが一度役割を終えて解体され、そして今度は遠く離れた北海道の浜辺で再び生命を吹き込まれる(これをテオ氏はリ・アニメーションと呼んでいるらしい)現場を目撃できたのは本当に良かった。
    人間にはこういう、意義や便益はないけど意味のあるフィクションがとても大切なんだな。

    ちなみになんかちょっとかっこいい事書きすぎた気がするのでバランスを取るために興ざめなこと書くと、上の動画、元は息子にスマホで撮ってもらったブレブレのもの(息子には罪がなくて、足場が悪かった)だったのだけど、googleフォトってすごいね。動画の手振れ補正もできちゃうんだ。そのせいで動画がちょっと不自然に動くところもあるのだけど、無料のサービスでこれはすごいなー。


    そんなわけで、今回の帰省はスタートからかなりテンション高く始まったのでした。

    Category : 日々の諸々
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    帰省短信、そしてタイムマシーンの整備をした話


    来年の東京五輪を見越して在京企業各社も「この時期に社員をあまり会社に来させない」訓練をしています。リモートワークの実験したり、時差出勤とかやったり、夏休みをガツンと長めに取らせてみたり。
    社員が会社に来れない状態で仕事をどうやって進めるか、ってのはやっぱり事前に試して、慣れておかないといかんのね。

    五輪開催期間中は極力都内を始めとする大会会場近隣のインフラをオリンピック観覧者を捌くために使いたい、だから普段通勤ラッシュを作り出しているお前らんとこの社畜たちは極力都内に入れないでね邪魔だから、というお上からのお達しを受けてのことなんだろうけど、確かに現在1000万弱の人口がうようよして超過密状態の東京に(世田谷なんて1区で札幌の半分弱の人口だからねぇ)プラス1000万人が押し寄せるらしいので、まぁ何もしなければ都市機能もパンク待ったなしですわな。

    東京都は通勤に渡し船使えないか?なんて半ば気がふれたような実証実験まで始めるほど追い詰められているようですが、我が勤務先も企業市民の一員としてそういう取り組みへのお付き合いを色々やらざるを得ないわけで、長めの夏休み取得やリモートワークなんかをどんどんやってみてくださいとのことで、今回は(も?)そこに乗っかってちょっと長めにお休みをとることに。

    まぁ色々遊んできたのでおいおい書いていくのですが、今回の個人的目玉はこれだわ。

    テオ・ヤンセンの「ビースト」が石狩浜にやってきました。
    芸術の森でテオ・ヤンセン展もやっててそっちを見に行こうかな、でも息子は絶対興味ないよなぁなんて思っていたら、連動企画で石狩浜にビーストが1機(1匹?)やってきて浜辺を走らせてみる、という企画を偶然見つけてしまった。
    そして帰省中の予定の中に急遽「石狩浜での海水浴」をねじ込み、その流れでビーストを観ることができた。
    いやぁこれはよかった。


    帰省中、サイクリングの時間は取れなかったのだけれども、久しぶりに2号のF20-Rを引っ張り出してあちこちメンテ。
    この自転車、息子が生まれる前に色々と妊婦用カスタムを施したまま、時が止まっている。
    シートポストをサスペンションシートポストに替えたり、コラムアダプターを付けてハンドルの位置を上げて前傾姿勢が緩めになるようにしてみたり。タイヤもminits toughにして多少空気圧を下げてクッション性高めても走れるようにしたり。

    その後、出産育児転勤etcもあってこの自転車の出番はずいぶん減ってしまったのだけれど、その分あんまり劣化することもなく今に至る。なんか乗ってみるとね、いや別に私が妊娠したわけでもないのだけれども、なんとは無しに当時のことに思いを馳せる自分がいるのです。


    このコラムアダプター、昔は私も使っていたわ。
    2号は妊娠時の前傾姿勢回避のために取り付けたのだけれど、私の方はそもそも自分の身長に合わせてシートポスト上げるとハンドルが低すぎて前傾がきつすぎるのでつけていたのだった。
    でもいつの間にか、だんだん前傾にも慣れるようになってきて、私のR20-RAからはコラムアダプターは外されたのだった。
    このサドル、Fizikのロンディネだ。昔は結構どっしりサドルに腰かけていたし、そもそも体重が今より10キロ以上重かったのでこういう幅広クッションしっかりタイプがしっくり来て、それで2号にも勧めたんだった。
    そしてブレーキ。この頃のpowertoolsのブレーキは効きが悪くてねぇ・・・自分のRAはけっこうあっさりとShimanoに替えちゃったんだった。
    あれもこれも今の自分にはあんまり合わないのだけれど、でもあの時は間違いなくこれが良かったんです。
    10年以上自転車に乗り続けていれば色々と自分自身も変化してるってことなんでしょう。

    どんどんパーツも取り替えて、結構ガシガシ乗って酷使した結果、今ではフレームのあちこちにガタも来ている私のRAとは違って、こいつは比較的状態が良いので、あぁ昔はこんな感じで乗ってたんだなぁと、かえって昔のことがよく思い浮かびました。

    なんかいろんな意味で、この車両は10年前に繋がるタイムマシーンみたいだった。

    Tag : F20-R
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    昭和への旅 後編(昭和の杜博物館)

    柴又で昭和を満喫するに飽きたらず、翌週息子が見つけてきたのが東松戸にある「昭和の杜博物館」。
    ほんと、どこでどうやって見つけてくるんだ。

    こちらは色々な解説を漁るだに、地元の会社経営者が長年かけて集めた乗り物を中心に昭和時代のあれやこれやを展示している私設博物館らしい。



    とりあえず、屋外ガレージに展示されている車のコレクションが中々迫力あり。

    その一方でどうも、必ずしもノスタルジーが動機にはなっていないようなラインナップでもある。
    この館、中々一筋縄ではいかない。

    館内にも昭和なヴィンテージカーが並び、まぁここだけ切り取ると旧車マニアが昭和という軸で構築したコレクションという雰囲気なのですが、どうもそんなに話は簡単ではない。

    プラモデルのボックスアートや少年雑誌の挿絵など、緻密でドラマチックな描画が神がかっている作家、小松崎茂の膨大な展示。

    これだけでもじっくり観始めたら何時間もかかりそうな物量。


    かと思えば昭和なスチールロードレーサー、それもスタンド付いてるわ鍵も普通のシティサイクルに付いてるような前輪ロックするやつだわ、絶対これ普段使いしてたやつだ(笑)

    これ以外にも軍艦や戦闘機の模型が大量に展示されていたり(めちゃくちゃでかい空母の模型もあった)、基本的には乗り物にまつわるあれこれ、という軸はあるのだろうけれど、なんかそれとは違う横軸があるような気がするんだよな・・・
    だって、これなんかどうでしょう。

    自動車部品の廃材で作ったオブジェ。
    こんなのまで収集するのか・・・


    なんか、この館の主の深淵が計り知れないくらい深いんじゃないかって気になってきた。

    気を取り直して(?)。
    屋外には、退役した列車もいくつか引き取られています。

    懐かしい、流鉄流山線の「なの花号」。


    なんだっけこれ。すごく古い「車掌車」。

    この他に銚子電鉄で使われていたデハ1001とかもあり、こういう鉄道車両って本体の払い下げ費用は100万もしないらしいけど輸送費で500万くらいかかるらしい。やっぱり尋常な収集コストをかける執念がないと、こういうものは集まらない。

    いやぁ、お腹いっぱいである。いいもの見せていただいた。

    ちなみにこの博物館、もよりの駅から歩いて20分以上かかるので、そこだけちょいと注意。
    我々も往路は頑張って歩き、復路はちょっと疲れたのでタクシーでも乗ろうかと日和ったところ、タクシーなんて全然来やしない(涙)。
    こんなこともあろうかとスマホにタクシー配車アプリ仕込んでおいたのに、それでも全然捕まらない・・・

    駅に向かって歩きながらやっとタクシー捕まったと思ったら、「もう目と鼻の先だよ?」
    いや、いいんです。乗せてください。

    タクシーの運転手さんいわく「あそこの博物館、車のコレクションもすごいけど、車検取ってる車が何台もあるんだって?すごいよねぇ・・・」とのこと。

    確かに、ナンバーついてる車、何台もあったわ。
    コレクターの情熱、改めて恐るべし。

    Category : 子鉄日記
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    昭和への旅 前編(ハイカラ横丁&おもちゃ博物館)

    なんかいつの間にか、息子が昭和にはまっているのです。

    元々の乗り物好きが高じて最初は古い列車やクルマの動画を随分と観ていたのですが、それがいつしかフリマで古いミニカーをバイヤーのように物色するようになり、小田急ファミリー鉄道展でいにしえの名車、SE3000形に大興奮し、Youtubeでは「迷列車で行こう」という過去の迷列車・珍列車の解説動画に釘付け。
    鉄散歩も最新の新幹線やロマンスカーよりも昔の車両が生き残っている地方路線や武蔵野線に行きたがる始末。
    乗り物以外にもゴジラはやっぱり1964年のモスラ対ゴジラが好きとか、妖星ゴラスの予告編が大好きとか、お前一体何歳だ。
    そして今回、どこで情報を仕入れたのやら。
    どうしてもここに行きたい、と。

    京成線を乗り継ぎ、柴又のハイカラ横丁。 
    ちなみに2階はおもちゃ博物館。
    土地柄ですかね。
    お台場の三丁目商店街みたいなあざとさ(失礼)はあんまりなくて、なかなか良い雰囲気。


    駄菓子とレトロゲームで溢れた、昭和な空間。
    10円玉投入してそいつをはじいて遊ぶゲーム、懐かしいのぉ。
    2階にあるおもちゃ博物館の入場券は、1階のハイカラ横丁で購入。
    二階はまたこれがディープな・・・


     
    けっこうでかいスロットカーのコース。
    5分100円で遊べる。
    これ、金持ちの友達の家にしかなかったし、こんなにでかいコース持ってる子はいなかった。
    改めて遊んでみると、意外と難しい。コースアウトさせずに走らせるにはちゃんとスピードコントロールしないといけない。
    なかなか、奥が深い。


    おー、セミドロップのジュニアスポーツ車。
    これまた懐かしい。つーかこれこそ当時も結構いい値段で、乗ることはできなかった。
    その代わり、親父がお手製で作ってくれたなぁ・・・それも懐かしい思い出。


    トップチューブに設えられた変速レバーと、後輪に組み込まれたスピードメーター。
    今みたいに磁石式じゃなくて、確か後輪の回転をピニオンギアでメーターに繋いでた(うろ覚え)はずで、スピード測るためにペダルの漕ぎ具合が重くなるという本末転倒的な装備。フロントライトもスーパーカーブームにのっかってカウンタックみたいにライトがパカッと立ち上がるやつもあったりして、まぁ今考えたら随分重たかったよねぇ。
    他にも、こじんまりとしていながらなかなか趣深い博物館でした。
    これはよかった。別に昭和大好きイエスタディワンスモアな嗜好でバックトゥあの頃みたいな価値観は持っていないのですが、なかなか楽しい博物館でした。


    そのあと、一応柴又帝釈天へお参りして、参道を煎餅食べながら歩いて。
    天気があまりよろしくない日だったせいかそれほど賑わってなかったけれど、浅草にも負けない良さがあると思いました。
    何が違うんだろうね。
    そんな柴又駅前も、再開発されていくのですね。
    そして、昭和への小さな旅はまた別の週末にも出発するのです。
    その話は後編で。

    Category : 日々の諸々
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    趣味は自転車です、って言った手前

    新しい職場に移って半月。
    新入りであるが故にそれは当然のように、趣味はなんですかとか、何かスポーツやってますかとか、ゴルフやりますかとか、まぁそんな話になるわけです。
    そうなると、まぁ自転車好きなんですよねとか、ここ数年ランも始めましたって感じになる。
    なぜか、写真が好きだけど使ってるのは未だに10年選手のGRD3だとか、定価50万円のギターを中古で買ったとか、そういう話にはならない。
    なんとなく、自信がないのかもね。

    でもなんか、趣味は自転車ですなんていってしまうと乗らないでいるのもちょっと自分の心の中で気まずさが残ってしまって、週末久しぶりに尾根幹方面へ出撃してきました。

    まずは久しぶりの多摩川サイクリングロード。
    いつのまにか二子玉川より上流の右岸がきれいに整備されていて、多摩水道橋のところも布田のところも車道に出ずに走れるようになっていた。やっぱりブランクを感じますな。

    そして尾根幹を越え、いつもの「異界」へ。

    ここは全然変わらないのだけれど、それでもちょっとだけこの辺りも開発の臭いがするんだよな。
    ひょっとすると数年後には景色が変わっているかもしれない。

    そうそう、いろんなものがどんどん変わっていくのですよ。
    ちょっと自転車の世界から離れていた数年で、ロードレーサーのタイヤは主流が23Cから25Cになり、ディスクブレーキがどんどん流行り、MTBの世界はSHIMANOからSRAMに覇権が移りつつあるらしい(伝聞)。なんでもMTBにフロント変則要らないよね、フロントシングルでリア11速かばーできるキャパシティの変速機あればそれでいいじゃんみたいなことになっていて、そこでSRAMが盛り返してきたみたいな。

    ほんと、ついていけない。ついていく必要もないのかもしれないけれど。
    いや別についていかなくても、自転車乗ってるだけでそれはそれはやっぱり楽しいのです。だからそれはそれでよいのだけれど、ちょっとだけ心配なのは旧式となってしまうわが自転車軍の補修パーツの供給がいつまで続くのか。
    ま、そのときはそのときなんだけど。

    君、何が言いたいのだ・・・って感じですよね。
    ちょっとまだまとまってないのでいずれ書きますが、結構この話は深刻なのです。
    もっと限定して言うと、SHIMANOのロード系コンポーネントのチェーンとかギア関係。うちは小径車にも2台のロードにもロード系のパーツが使われているのですが、まぁ世代変わるとチェーンとかの互換性が無いんだわ。なのでメンテが結構めんどくさいし、使い回しできないとコストもねぇ・・・って話なんです。
    近いうちに、愚痴がてらまとめて書こう。


    そんなことはさておき。



    新しい職場は千葉県の色んな所に赴く機会があるのだけど、特に田舎の方に行くと何とも言えない懐かしさを感じるのです。
    むかーし、数年間だけ千葉県に住んでいたのだけれど、なんか田舎の方に行くとその当時と同じような空気感が残ってる気がして、はじめて赴く地でもなんとなく、帰ってきた感があるのです。

    せっかくだから、千葉方面への出撃も増やしたいなと思った次第。

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    終わらない旅は無い

    そう、終わらなかったらそれは旅じゃなくて失踪だよって、昔みうらじゅん氏がおっしゃっていた。
    いかにも。



    勤務3年、東京からの通い2年。
    足掛け5年の札幌での仕事から、この度離脱。



    札幌に家族と共に転勤してきた最初の3年はともかく、後半2年間はほんとに自分の所属や寄る辺もはっきりしないまま、それこそ日高晤郎かってくらい毎週札幌に通っていた。
    そしたらさ、その間に、その日高氏が亡くなってしまわれたのさ。

    ちょうど通い生活が始まって一年近く経ち、札幌に残した家族も東京へ引き上げる引越しの日。
    その日が日高晤郎ショーに同士が出演した最後の日になったんだった。

    バタバタしていたのでその日の放送はほとんど聴けなかったのだけれど、その日の夜に親から「もう晤郎さんぼろぼろだったよ。最後の歌もほとんど歌えなかったし」って話をしてて、その数日後に亡くなられたのをよく覚えている。

    別にファンって訳じゃないのだけれど、なんか彼は私の中でよいところも悪いところもひっくるめた「北海道そのもの」だった。
    道民にはアンチも多かったでしょうが、多分近親憎悪だよそれ(暴言)。


    いや晤郎さんの話はいいんだわ、別に。
    正直、後半戦の2年は仕事上の自分の所属やミッション、目標があやふやな状態が続き、おまけにこんな行ったり来たり生活なのでどこにも自分の「席」がないってのがしんどかった。この状況そのものは携わっていた仕事の都合・特性上どうしようもなくて、別に誰のせいでもなければ誰を恨む訳でもないのだけれども。
    そんな中、改めて家族や仲間(あんまりいないけど)にはずいぶん助けられました、本当に。
    ほんと、感謝しかない。



    話を変えよう。
    実は札幌生活の後半、蕎麦にはまりまして、ほんとうにあちこち食べて回った。
    落ち着いたら他に回った店の記録もブログに残しておこう。

    最後の日は、はぐいという手打ちの田舎そばの店で締めました。
    「札幌に住んでた」頃にはこんな店を探して食べに来ることもなかった。
    人間、生活のどこかに目標設定をしないと生きていけないのかもね。





    長いようで短かった流浪の生活もこれで一段落。
    ふわふわと飛び回っていたこのJet Setterもここで一度着陸です。
    ふたたび、札幌は「すみか」から「ふるさと」になり、7月からまた新しい生活が始まります。
    まぁ今回は引っ越しとか伴わないけれど、いろいろと変わるのです。いろいろと。

    どうなるんですかね。
    まぁどうにかなるんでしょう。

    Category : 日々の諸々
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